2006年 01月 19日
ある家族の生活
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知り合いのバリ人男性は独身。お父さんは自分の田畑を持っていないので、よそさまの田畑の手伝いをして、その労働の対価として僅かなお金やお米を貰っていました。兄弟は嫁いでデンパサールに義理家族と住む妹1人と彼の2人。本来生まれた子供はもっといたらしいでが、まだ小さいうちに亡くなり無事成長できたのが2人だけだったらしいです。
お父さんの稼ぎは当然天候や収穫の出来不出来に影響され、僅かばかりなので一家を養うことは出来ません(実はこの家は家族形態自体に問題を抱えていて、それが多少一家の先行きを暗くしている部分もあると思いますが)。なので稼ぎ手はホテルスタッフの友人です。
その宿は一応日本からのツアー客も来るスタンダードクラスの宿ですけれど、所詮バリ人オーナーの個人商店の様なもの。お客が少なかったからスタッフの給料が減る、決まった日に給料が出ないのは毎月のこと。オーナーが旅でいないから、オーナーの自宅改築資金に従業員の給料を当てたから等々で給与の支払いが送れる…私達から見ればムチャクチャ理不尽で不安定な雇用ですね。
一度だけ家に遊びに行ったことがあるのですが、お父さんの寝室の天井が朽ちてきたけれど修理するお金が工面出来ない。で、雨漏りがするのでお父さんは部屋の外の軒先にベッドを置いて寝ていて、そのベッドも殆ど傾がって壊れかけという状態でした。
それでも恐らく彼の家だけがとび抜けて苦しいと言う訳ではなく、地方の村から出稼ぎに出て来て観光地で働くお兄さんお姉さん達の実家もこんな感じのところが多いのではないでしょうか。それでも私の友人の家はウブドからバイクで30分程の距離、一応電気も通っているし水もある、取りあえずはお父さんがお米だけは稼いで来る、本人は仕事があるのでもしかしたらまだまだ良い方かもしれません。
明日とか今週食べて行く程度の短い見通しで日々暮らしている彼らですが、食べることより大切な様々な儀礼・儀式…家単位のもの村単位のものが次から次へとあって、観光で眺めている分にはいいですけれど当人達は毎回毎回大変です。準備もご馳走もタダじゃない、でも"お金がないから今回は無しに"とか"不参加で"とはいかない社会ですから。
じゃぁ、友人の様に食べるだけのギリギリの生活、家を修理する余分なお金すらを持っていない人達はどうするか。豚や牛を飼っている家ならばそれを現金に換えることができるでしょう、貸してくれそうな友人・親戚がいれば借りれるかもしれません。あとは銀行から貸してもらったりでしょうか。友人は子豚を買う元金も飼料などを買うお金もないですから銀行で借りていました。バリのお祭りは観光の一部となってますが、そんな事情を見るとつくづく大変だなぁと思います。それでも祈り続けるのはやはり信仰の強さ、あの島に生まれた務めなのでしょうか。
そんな友人から「父さんがいつもの様に朝畑に行こうとしたら具合が悪くなって横になったまま昏睡状態になってしまった。町医者では手に負えなくて病院に運ばれた」と連絡を貰ったのは私が日本に居る時でした。
お父さんの稼ぎは当然天候や収穫の出来不出来に影響され、僅かばかりなので一家を養うことは出来ません(実はこの家は家族形態自体に問題を抱えていて、それが多少一家の先行きを暗くしている部分もあると思いますが)。なので稼ぎ手はホテルスタッフの友人です。
その宿は一応日本からのツアー客も来るスタンダードクラスの宿ですけれど、所詮バリ人オーナーの個人商店の様なもの。お客が少なかったからスタッフの給料が減る、決まった日に給料が出ないのは毎月のこと。オーナーが旅でいないから、オーナーの自宅改築資金に従業員の給料を当てたから等々で給与の支払いが送れる…私達から見ればムチャクチャ理不尽で不安定な雇用ですね。
一度だけ家に遊びに行ったことがあるのですが、お父さんの寝室の天井が朽ちてきたけれど修理するお金が工面出来ない。で、雨漏りがするのでお父さんは部屋の外の軒先にベッドを置いて寝ていて、そのベッドも殆ど傾がって壊れかけという状態でした。
それでも恐らく彼の家だけがとび抜けて苦しいと言う訳ではなく、地方の村から出稼ぎに出て来て観光地で働くお兄さんお姉さん達の実家もこんな感じのところが多いのではないでしょうか。それでも私の友人の家はウブドからバイクで30分程の距離、一応電気も通っているし水もある、取りあえずはお父さんがお米だけは稼いで来る、本人は仕事があるのでもしかしたらまだまだ良い方かもしれません。
じゃぁ、友人の様に食べるだけのギリギリの生活、家を修理する余分なお金すらを持っていない人達はどうするか。豚や牛を飼っている家ならばそれを現金に換えることができるでしょう、貸してくれそうな友人・親戚がいれば借りれるかもしれません。あとは銀行から貸してもらったりでしょうか。友人は子豚を買う元金も飼料などを買うお金もないですから銀行で借りていました。バリのお祭りは観光の一部となってますが、そんな事情を見るとつくづく大変だなぁと思います。それでも祈り続けるのはやはり信仰の強さ、あの島に生まれた務めなのでしょうか。
そんな友人から「父さんがいつもの様に朝畑に行こうとしたら具合が悪くなって横になったまま昏睡状態になってしまった。町医者では手に負えなくて病院に運ばれた」と連絡を貰ったのは私が日本に居る時でした。
by sohla
| 2006-01-19 23:39
| それもバリ、これもバリ
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