2012年 01月 02日
新しい年
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去年と今年との間には、特別な違いがあるわけでも、何かが変わったわけでも、時間が途切れているわけでも、区切りがついているわけでもないけれど、私もみんなも明けましておめでとうと言って、年の積み重ねを表すカレンダーの数字は2011から2012へ。
とにかく新しい年になりました。
実家のハルも門松のピコピコおもちゃでご満悦。お正月気分が抜けても部屋にまだコレが転がってると考えるとちょっと寂しいものがありますが、多分夏になっても「賀正」で遊ぶことになるんでしょう。ま、犬にとっちゃそんなこと知ったこっちゃありませんね(笑)。
大晦日のボクシング世界戦観戦のことはまた後でとして(笑)、去年は、んー、既に殆ど忘れているんですが、個人的にはなかなかいい調子の時も、どよ~んとする時も、参ったなという時も、かと思えば良いのか悪いのか凪のような時もあり、まぁ普通の年でした。
と言っても、誰もがそうだったと思うのだけれど、1年のうち3・11以降の約10ヶ月は、こんな私でも何かしら震災の影響を受けていたので、正直そういう面では殆ど1年を通して、何と言うかずっしりと重い空気の中で普通に過ごして来た年でした。
でも普通に過ごせて何の文句も不足もありません。
仕事については、1月半ばで1年半になるんですけれど、よっぽどのことがなく嫌われず、人員整理などの会社側の都合がなければ契約を更新してもらえるのかなぁと、少しは思えるような自分の役割ができたような部分もちょっとはあるので(もちろん、そうは言ってもいつどうなるかはわからない身には違いないので崖っぷちには違いないんですけれど)、まぁこれは役目と責任をしっかり果たして必要とされる人材であり続けるしかありません。
どちらかと言うと、プライベートの方が晴れ時々曇りみたいな感じだったかもしれないですねぇ(笑)。わはは、ガハハと笑うことが余りなかったのは年のせいなのかわからないけれど、最近笑ってないなーと。
元々、安定志向や平和主義というわけでは全くないらしく、退屈な人生を敬遠するあまり、知らず知らずのうちに自分の人生を苦労で一杯にしてしまう傾向があって、妥協できない案件が絡むと「競争」したり「戦ったりする」ことを厭わないらしい(笑)ので、穏やか穏やかするだけの日常を望んでいるわけではないけれど、挑戦や苦労や冒険や戦いの合間にも笑うことがなくては。
まぁ、年齢的に挑戦や冒険や戦うスタミナがなくなって来ちゃいましたから(笑)、「ぬるま湯もいいもんだわぁ・・・ふぅ」とか「波風ないのサイコー」と思いがちになったりするんでしょうけれど、でも笑えるエネルギーとゆとりがある年だといいなぁと。
てなことを正月なので一応思ったりしてますけれど、実を言うと私はお正月の雰囲気って子供の頃から余り好きじゃないんです。もちろん、学校や仕事が休みなのは単純に嬉しいのだけれど、このまったりゆっくりして何もかもが止まって、そのうえ寒いし息は白いし(笑)で、エアポケットみたいな雰囲気が嫌いなんです。
子供の頃も、お年玉もらったり遊んだり、それなりにお正月らしく過ごしてはしていたけれど、じゃぁ嬉しい楽しい気分かというとそうじゃなかった。色んな意味で寒々しくて、新しい年という意味もカレンダーの19××が変わるぐらいの違いしかなく、それがおめでたくないとは言わないけれど、でも、おめでたいという理由もわからず、「明けましておめでとうございます」と挨拶しなきゃならないのも嫌だった。普段余り見せてもらえなかった娯楽番組を見たり、次から次へと遊んだりゴロゴロしたり、いつもは余り食べないご馳走を食べたりジュースを飲んだり、そうやって過ごしても怒られないとか、子供にとっちゃ特典が多かったハズなんですけれどもね。でも、それもお正月という決まりごと、家族の決まりごとの中でのことで、元旦はまだいいとしても、3日4日となってくるとそんな非日常も薄れて来て、それもそれで嫌だったりして。変な子ですよね。
年末あたりからとにかく一斉に全てのことが「新しい年」を迎える準備になって、「(新しい年が)来るぞ、来るぞ」と秒読みみたいな感じ、いざ迎えてみると寒くて冷たい空白状態みたいな間の抜けた時間がぽっかりあるだけなのと、正月を迎えるまでと迎えて暫らくの特別感みたいなのが好きじゃないのかと。
大人になってからはお正月として過ごすも過ごさないも自分次第で、普通の日よりちょっと違う日、と自分の程度でやり過ごすことが出来ますけれど。
なんて、大掃除どころか小掃除もロクにしなかった言い訳にはならないな。
とにかく新しい年になりました。
実家のハルも門松のピコピコおもちゃでご満悦。お正月気分が抜けても部屋にまだコレが転がってると考えるとちょっと寂しいものがありますが、多分夏になっても「賀正」で遊ぶことになるんでしょう。ま、犬にとっちゃそんなこと知ったこっちゃありませんね(笑)。
大晦日のボクシング世界戦観戦のことはまた後でとして(笑)、去年は、んー、既に殆ど忘れているんですが、個人的にはなかなかいい調子の時も、どよ~んとする時も、参ったなという時も、かと思えば良いのか悪いのか凪のような時もあり、まぁ普通の年でした。
と言っても、誰もがそうだったと思うのだけれど、1年のうち3・11以降の約10ヶ月は、こんな私でも何かしら震災の影響を受けていたので、正直そういう面では殆ど1年を通して、何と言うかずっしりと重い空気の中で普通に過ごして来た年でした。
でも普通に過ごせて何の文句も不足もありません。
仕事については、1月半ばで1年半になるんですけれど、よっぽどのことがなく嫌われず、人員整理などの会社側の都合がなければ契約を更新してもらえるのかなぁと、少しは思えるような自分の役割ができたような部分もちょっとはあるので(もちろん、そうは言ってもいつどうなるかはわからない身には違いないので崖っぷちには違いないんですけれど)、まぁこれは役目と責任をしっかり果たして必要とされる人材であり続けるしかありません。
どちらかと言うと、プライベートの方が晴れ時々曇りみたいな感じだったかもしれないですねぇ(笑)。わはは、ガハハと笑うことが余りなかったのは年のせいなのかわからないけれど、最近笑ってないなーと。
元々、安定志向や平和主義というわけでは全くないらしく、退屈な人生を敬遠するあまり、知らず知らずのうちに自分の人生を苦労で一杯にしてしまう傾向があって、妥協できない案件が絡むと「競争」したり「戦ったりする」ことを厭わないらしい(笑)ので、穏やか穏やかするだけの日常を望んでいるわけではないけれど、挑戦や苦労や冒険や戦いの合間にも笑うことがなくては。
まぁ、年齢的に挑戦や冒険や戦うスタミナがなくなって来ちゃいましたから(笑)、「ぬるま湯もいいもんだわぁ・・・ふぅ」とか「波風ないのサイコー」と思いがちになったりするんでしょうけれど、でも笑えるエネルギーとゆとりがある年だといいなぁと。
てなことを正月なので一応思ったりしてますけれど、実を言うと私はお正月の雰囲気って子供の頃から余り好きじゃないんです。もちろん、学校や仕事が休みなのは単純に嬉しいのだけれど、このまったりゆっくりして何もかもが止まって、そのうえ寒いし息は白いし(笑)で、エアポケットみたいな雰囲気が嫌いなんです。
子供の頃も、お年玉もらったり遊んだり、それなりにお正月らしく過ごしてはしていたけれど、じゃぁ嬉しい楽しい気分かというとそうじゃなかった。色んな意味で寒々しくて、新しい年という意味もカレンダーの19××が変わるぐらいの違いしかなく、それがおめでたくないとは言わないけれど、でも、おめでたいという理由もわからず、「明けましておめでとうございます」と挨拶しなきゃならないのも嫌だった。普段余り見せてもらえなかった娯楽番組を見たり、次から次へと遊んだりゴロゴロしたり、いつもは余り食べないご馳走を食べたりジュースを飲んだり、そうやって過ごしても怒られないとか、子供にとっちゃ特典が多かったハズなんですけれどもね。でも、それもお正月という決まりごと、家族の決まりごとの中でのことで、元旦はまだいいとしても、3日4日となってくるとそんな非日常も薄れて来て、それもそれで嫌だったりして。変な子ですよね。
年末あたりからとにかく一斉に全てのことが「新しい年」を迎える準備になって、「(新しい年が)来るぞ、来るぞ」と秒読みみたいな感じ、いざ迎えてみると寒くて冷たい空白状態みたいな間の抜けた時間がぽっかりあるだけなのと、正月を迎えるまでと迎えて暫らくの特別感みたいなのが好きじゃないのかと。
大人になってからはお正月として過ごすも過ごさないも自分次第で、普通の日よりちょっと違う日、と自分の程度でやり過ごすことが出来ますけれど。
なんて、大掃除どころか小掃除もロクにしなかった言い訳にはならないな。
by sohla
| 2012-01-02 08:38
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